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■次項■


少女騎士団 第五話

Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Fünf.

 


女学校が終わるとボクたちは急いで寮に戻った。この後、一五二〇時から模擬戦を行うということだから、搭乗着に着替えて身体冷やさないようにジャケットを羽織る。ティーチャーに指示された荷物を用意するのだけど、そのリストから今夜はキャンプらしいからボクをわくわくさせる。
リトに「先に出るねっ」と彼女の恋人であるハナミズキ二〇九号室分隊長であるシロクマのぬいぐるみのリヒテン曹長、親衛隊隊長でネコのぬいぐるみのベル少将に「いってきます!」と敬礼をした。模擬戦はここヘヴェデツ陸空軍共同基地から二十二キロメートル離れた第二基地西側の演習場で行われるとのこと。
廊下に出るとナコとイリアルの背中が見え「今日もキャンプだねー!」と大声で言葉を投げた。イリアルが顔をしかめ振り返り、口元に指を「しぃーっ」とあてたあと「ファブっ、キャンプなら前の作戦でしただろう?」と額を小突いた。キャンプは楽しいのに、どうしてそんなに不機嫌なんだろう。イリアルはキャンプが嫌いなのだろうか。それともボクがこどもだから?

むずかしー。

トラックのホロで覆われた荷台に乗り込むと、すでに後輩の『キンモクセイ隊』が乗り込んでいた。

「ファブせんぱい!よろしくお願いしますねっ!」
「あ、うんっ」

最近、寮に来た彼女たちは、すこしこどもでボクのことを『せんぱい』と言ってくれる。ボクはせんぱい……先輩なのだから、しっかりしなきゃ!と握った拳で決意すると「せんぱい!やっぱりかわいい!」と彼女たちが抱きついてきてボクの頭を撫でまわすのだ。

せんぱいのボクを、こどものきみたちが……どうして?

トラックはA滑走路と並行に走った。ガタガタと揺れる荷台に低く大きな音が入ってきて、音の正体をホロの隙間から探すと戦闘機がタキシングして滑走路に入り揚力を掴もうと走り始めたところだった。

「イリアルーっ!飛行機だよっ!」

あーはいはい、と手振りだけで相手にしてくれなかったのに、隣に来たナコが隙間をのぞいて「あの戦闘機にティーチャーも乗っていたんだよ」と話した途端、イリアルもリトもボクが見つけた隙間に集まり飛行機を追う。翼が、ぐんっ、としなりタイヤが滑走路から離れて空に上がっていく。

「「「「おお〜」」」」

みんなで声を上げたのだけらど、よく考えたら飛行機が飛ぶところなんて、滑走路があるここでは特別なことなんかじゃない。でも、ボクたちは特別な毎日をみんなで協力して生きている。今日という日が来るのは特別な日なんだ。そんな特別な今日が続いている。

あの飛行機はどこに行くんだろう。ひとを殺しに行くのはわかっているんだけどね。どこまで殺しに行くのかなー?って、気になるのだ。

基地を出て高速道路に乗り二十二キロメートル。何度かゲートを通過して、薄暗い森へ食べられるみたいに入っていく。ちょっとだけ…………本当にボクたちを森が食べないか心配になってナコに抱きついていた。トラックが停まり「全員、降りるように!」と開けられたホロから発電機の音や、たくさんのひとの声と軽油が燃える匂い、機械油、月華に使われるオイルや動力液の匂いが入ってきた。
薄ら暗く湿った土の匂いがする森を踏む、トラックの影に隠れていた作業用投光器に照らされる八騎の月華と二騎の燦華。ボクたちの月華とは違う花が描かれた……あれが『キンモクセイ』なのかな?ナコに「ボクはキンモクセイを知っているのかなー?」と聴くと「木に咲く切ない香りのする花だよ」と教えてくれた。でも『切ない香り』って、なんだろう?
「思い出しただけでも胸がきゅっとなるな」
「そう?私は好きだけど」
イリアルもリトも知っているっていうことはボクも知っているはずだ。だって、ずっと一緒にいるもん。たぶん切なくないのは、ボクがおとなかこどもか選べていないからだろうなと思う。

簡易司令所に使う大きなテントの中は、前線で使われるときとと同じように機器やひとの熱で蒸れていた。「ハナミズキ隊!ただ今、到着しました!」とリトが言い、みんなで敬礼をする。いつものように眉間にしわを寄せて話をしていたティーチャーが、金属製のマグカップを置いて嬉しそうにボクの頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。

「ファブ!またやってくれたそうじゃないか!」
イリアルがボクを肘で小突く。
「あ、えと…………ごめんなさい、ティーチャー」
「謝ることはない。私は褒めている」

ボクは謝ったり褒められたり、おとなは怒ったり笑ったり……やっぱりおとなは難しい。

模擬戦の説明を受け月華で森の深く入っていく。今回の訓練はキンモクセイ隊と何度も条件を変えたりしながら模擬戦を行うということだ。前を行くティーチャーの燦華から通信が入る。

『キンモクセイが新しい隊だからと言って、油断してかかるなよ』

キンモクセイ。

「ねえ?ナコ。キンモクセイには、どんな言葉があるの?」
普段からナコはお花の話をたくさんしてくれるから聴いてみたのだけど、なんだか無線のノイズに混ざって戸惑う声でキンモクセイの花言葉が聴こえた。

『謙遜、真実、陶酔……』

ナコが言葉に詰まる。ああ、そうか、今は演習中だ。これ以上、ナコにお話させてるとナコが怒られる。
「ナコは物知りだなあ」
そう言うと、いつものように『たまたま花が好きなだけだよ』と照れるんだ。

そういえば、ボクたち『ハナミズキ』の花言葉はなんだろー?

三〇分進行したところでティーチャーの燦華からピンク色の煙が上がり歩行停止した。

『ティーチャー?なんですか、これは?』
ナコが呼んでも返事はない。すると、あの大きなテントから通信が入る。
…『こちら『ヤマネコ』。君たちの隊長は行動不能となった。しかし模擬戦は続行する、繰り返す模擬戦は続行する』
今回の状況は隊長騎のロスト下で対応する模擬戦みたい。

『ティーチャー!返事を!』

ねえ?ナコ?

…『ナコ!回線が切られているよ』
『イリアル……』
…『ティーチャーは放棄しよう』
『リト!』

ねえ?ナコ?どうして、あなたは……

…『ナコ。狼煙上がる場所に張り付いて一緒に死ぬのか?』
『イリアル…っ、そんなの…………』

「そうだよ、ナコ。これは仕方がない」

そう、こういう場合は放棄して進むべきだ。それが損害が最小で済む確率が上がる選択なんだ。

「ナコ、本当にティーチャーが死んだんじゃないよ」

ねえ?ナコ?どうして、あなたはこんなにもティーチャーに一生懸命なの?

ティーチャーを放棄して最初の目的地点に進んでいく。歩行しながらイリアルが『誰が指揮を執るか決めないといけないな』と提案した。ボクも賛成だ、ばらばらに思考していたのでは有事の対応速度が遅くなるから、強力な決定権を持ったリーダーを作っておくことが必要。

…『一〇秒後に投票を行おう』

投票制にも賛成。

…『投票開始、三、二、一』

『『『ファブ』』』「ナコーっ!」

え?あれ?ボク?

…『ファブ三、ナコが一で指揮権をファブに移行することが決定!これからハナミズキの指揮はファブが執る』
「えーっ!?ボク…っ!?なんで!?」
…『ファブは冷静な判断ができるからだよ』

…………………………

発煙筒だけを置いて、後は隊員に任せ指揮所に戻るとハナミズキの燦華があった。大きなあくびをしながらテントに入り、金属製のマグカップに熱いコーヒーもどきをたっぷり注ぐ。黒い液体に写る寝不足のひどい顔、コーヒーもどきの黒に映るくらいのクマができているではないか。液体をすすり唇を火傷させ、無線交信や記録機、レーダーに張り付く観測士から話を聴く。

「キンモクセイは待ち伏せを選んだようですね。対してハナミズキは動いている」
「面白いですよ。ハナミズキは古参の陸兵みたいだ」

ハナミズキは二騎一組で動いているのか……、一騎が攻撃的な役割で、もう一騎は長距離を警戒した防御的な役割……?それを入れ替えながらの移動をしているのか。その上、両組で違う動きをしながら展開をしている。

「特殊部隊とは真逆ね……」

統率が取れていないようで取れている。流動的な戦術が用いられるスポーツでもしているような動きだ。

『こち……ナコ。イリアル、何か見え……?』
『ザッ!や、何も』
『……ちらリト。恐ら……ッ騎は狙……ようとしてい……ッ』

レーダー上で、こんなに距離が離れているのにハナミズキの隊員は、キンモクセイが潜む選択をしたのが分かるのか?狙撃が得意だと聴いているリト騎を、少し離れた後方に置いて防御の要にしている。流動的ながら前の三騎が組み立てながら動いているのだと思っていたけれど、もしかして規則性はないのか?



子どものくせに。効率よく人を殺し慣れして。

「アサカ大尉は?」
「外で会いませんでした?」

眼をこすりながらテントを出て煙草の匂いをたどる。人の眼につかないテントの裏で倒木に座り、葉の隙間から見える五月の薄い月を見上げている煙草に点された光を見つけた。

「アサカ大尉、こんな暗い所で?」
「一喜一憂する整備兵たちの雰囲気が肌に合わなくてね」

煙草を咥える不機嫌な横顔は、隊の事など考えてもいないように見えた。

「技術屋たちにはノイズで『見える』のかもしれないが、私にはサッパリだ」
「彼らはノイズの中に見る事ができるのでしょうね」

彼の隣に座り、煙草を取り出した。大尉が少し驚いた顔で「君は嫌煙家だったのに」と言う。それもそのはず、大尉は知らない。

「……人は変わります。今は吸うんです」

模擬戦といえども緊張で手が震え、上手く煙草に火が点けられない。横から大尉がオイルライターの火を差し出してくれた。



「話は聞いている、残念だった」



私は十四ヶ月前に一度キンモクセイ隊を解散させてしまっている。四人の少女のうち二名死亡、二人が生き残り病院にいる。一人は意識があるが医者曰く生涯身体が動くことはない、もう一人は…………『壊れた』。

「戦争ですから」

都合のいい言い訳だ。そう言い聴かせて自分の心を守っている。あろう事か、たまたま戦術的な理由で、私だけ離れた場所に待機していたため難を逃れた。


「大尉は彼女たちを信じているんですね」


私と違い、落ち着いている大尉に苛立っていた。

「気にしていても仕方がない。簡単に死ぬような部下を知るのに模擬戦はいい」

その言葉に彼を睨む。

「鼻先に弾丸が飛び交っている。綺麗事を並べるようなことは出来ないからな」

睨む私に対して、大尉は眼の奥を見て、



「ナタル大尉。君に、その自覚がないなら隊長職を辞した方がいい」



相変わらず、心が、ここにいない他人事のような言葉ばかり出てくるひとだ。不機嫌な大尉の声で発せられるやさしい言葉に騙されてはいけない。いつも彼のやさしい言葉は警戒心をも騙し、高い塀と近衛兵の間を縫って身体の中へと沁み渡ろうとする。相変わらず言葉だけが上手だ。突き放せば突き放すほど、隙ができるのも分かっているのに、侵入を許してしまいそうになる。

「まだ負担を感じる余裕があるうちに辞めた方が、君や君の心を壊さなくて済む」

駄目だ。彼は心地よすぎる。

「……やさし…………いんですね?」
「君ほどやさしくない。心を取り繕うほど守るものもないだけだよ」
「守るもの…ですか?」

大尉は「そうだ」とだけ言って空に煙を吐いた。

煙、葉の香り、不機嫌な横顔、うつろな眼。



彼は危険。

「最近っ、いやっ!彼女たちを失ってから夜がっ、うまく眠れなくて…っ!」

突然、私の防衛線が崩壊した。大尉のような人間には、と思っていたのに本音を吐いて楽になり、気付けば肩を抱かれながら泣き喚き、安堵し、腕のなかで少し眠ってしまっていた。

彼は、危険だ。

………………


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