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少女騎士団 第八話

Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Acht.




 輸送機から降下し風に流されて、目標より沖に着水してしまった。あたしの月華は、かろうじて頭部が出るくらいの水深で、モニタには暗い海中と白い泡しか映っていない。コンパスと頭の中に入れた地図を頼りに、慣れない水中移動が続く。バッテリーの駆動時間が残り一六〇秒を切ったときに、ようやく発電用ディーゼルエンジンを始動させられる深さにまでやったきた。大雨で湿度が高く、気温が低いから霧がかっていて視界が悪い、さらに通信環境もよくないときた。

「こちら三番騎イリアル!誰かいないかっ!?」

呼びかけても耳元のスピーカーから流れるのは、ノイズ。そのうち、あたしの周りにトーチカ2Cから放たれた砲弾がドンドンと撃ち込まれはじめる。スモークディスチャージャから発射した煙幕などを使い、岩や障害物の陰を縫うように移動。合流予定時刻から二〇分過ぎたときに、ようやくナコとリトの姿を見つけ、波に遊ばれながら月華を近付けた。

…『ッ……アル!大丈…?』
「遅れて悪い!ファブはっ!?」
…『ザッ!……ァブも無…………っ!一〇時方向か……ロン……ジライフルを撃っている!』
「相変わらずだなっ」
『わた……ッィーチャーを…た!み……な揃っザァーッッ騎…に損傷が…るザッ…いる!?』

月華は大丈夫だ。ただ、あたしが、すこし大丈夫じゃない。みんなの声に泣きそうになっている。

…『ッ……ての通…情報より気象条……が悪い!視界も…悪…ねッザ』

リトが事前情報について文句を言うなんて、状況はよっぽどだな。その上、こちらの戦力はハナミズキと新人のキンモクセイ隊のみか。

…『トーチカに……砲台ザッ!る』

こちとら、たかが十騎の機械化騎兵で降ってきただけだ。どっしりと崖の上に構えた大砲から、その大きな弾頭で落ち着いて狙える。重い弾頭は風に流されにくい、相手は大層余裕だろうなあ。

『固……て動くと砲台にやられ……。ザザッ!ここか…の移動は個々の判断だ、次の集合地点は……ッ!』

ティーチャーが次の合流地点を変更し、五〇分後に砂浜地点B二三五〇となった。次の合流後に出される条件はトーチカ2Bと3Cを潰すことになるはず。予定通りに進んでいるなら、海軍の上陸部隊が背後に迫っている。そして、トーチカ2Bの下でキンモクセイ隊と合流する時間も迫っている。雨が激しく海面を叩き、霧が濃くなるなか、月華は海で遊び疲れた者がざぶざぶと歩くように歩を進めた。次の一歩にペダルを踏み込んだ瞬間、ぐにゃっとした感触が伝わり、バランスを失いそうになる。

「うっ!あ……っ!」
…『イリアル?どうしたの?』



「嫌」

全身の毛穴がぞわぞわと開き、噴き出た汗。はっ、と短く熱い息を吐いて顔の汗を手で拭う。いま、脚を止めてはいけない、ぐにゃっとしたソレを踏み抜いた。

「ごめん、リト。なんでもない、その………踏み潰したみたいだ」
…『この辺りはひどい…ね……ザァ!私も何人か踏んでる』

あたしたちは歩みを止めることはできない。止まれば、一週間前まで笑顔だった、踏み潰した、元『生命』と同じ運命をたどる。

『砲……始まザッ…ぞ!』

〇二時方向、八〇メートル先に上がる黒い水柱。この上陸作戦は、こんなにもひどい悪天候下で艦砲射撃の援護のみで、上陸艇と一般兵力の波状攻撃で押そうとしていた。空軍との連携はせずに海軍が持つ上陸部隊のみでトーチカで待ち構えられた浜に次々と兵を送り込んだ。敵は鋼鉄やコンクリートの障害物を海に沈め、上陸艇が近づくことを防ぎ、海に飛び込んだ兵は、丘の上のトーチカから大砲と重機関銃で狙われたのだ。海の中に入っているのに退避行動が取れるわけがないのに、海軍は馬鹿みたいに突撃を繰り返した。悪策にも関わらず、立案された上陸作戦通りに進み続けた結果、そのほとんどの兵が失われ、少数が上陸した結果、援護の艦砲射撃ができなくなってしまったのだ。惨状を見た以上、上陸部隊による戦力の追加はできない。恐らく……誰かが作戦前に決行を止めようと進言はしたんだろう。そして、陸空軍に援軍要請をしたが、それも却下された。作戦序盤で援軍要請をするのは作戦が間違っていたと認めるようなもの、顔が立たない、とか言って。それから天候が好転せず、夜間に兵を動かすこともできず。上陸兵が疲弊しきったところで、ようやく決断した。

『少女騎士団に要請すれば、なんとか顔が立つ』

その考えの結果が、あたしたちにも甘い情報を提供した原因だろう。

少ない『生命』を守る方法より、自分の『立ち位置』や『体裁』、『バッヂの重み』ばかりを気にする。想像力がない指揮官が兵を数字として扱い始めると、生命の価値は数字以上の価値を持たなくなる。……いつかだったか、座学で教師を怒らせたファブにティーチャーが「ファブは正しいことを言い、机上演習で正しい指揮をした。私は評価をする」と言って、笑っていたのを思い出した。

…………………………

わたしは雨が嫌い。
息の仕方が分からなくなる。

 強さを増す雨、濃くなる霧。相手の沈めた対上陸艇、対戦車への障害物が騎体が小さな月華にとっては、身を隠す有利なほうに存在した。重機関砲からの射撃がガラガラと岩を削ってあと、水柱を上げて去っていった。マシンガンでトーチカに向け射撃を行い牽制しながら、次の障害物に移ろうと飛び出た直後、背中からの轟音が月華を殴る。

ズバッアアアアアアッンッ!

トーチカからの砲撃だ。高く上がった海水と砂がスコールのように落ちて、月華の装甲を打ち、音を立てる。そうやって脚を止め、続いて重機関銃の嵐が始まり視覚情報を収集しなければいけないのに、雨がわたしの思考の邪魔をした。

「だから雨は嫌いなんだ!!」

気分が悪くなる、ぼーっとしてしまう、白い何か、その受け付けられない匂い、おとなのおとこのひと、煙草、コーヒーの匂い、劇場、ルード……?ってなんだっけ?朧げに脳裏に浮かぶ何かに手が届きそうになった。

ヒュッ!…………ッイィィッィン!!と音が走り、岩に当たると砕け吹き飛んだ。砲弾が飛んできた方へ眼をやると浜に戦車がいた。

『ザッ…機!浜に戦車が…るぞ!サッ…!』

辺りを見渡し、位置を確認。

「ティーチャー!〇二一五時方向四〇〇メートルにキンモクセイ隊です!」

キンモクセイ隊がロングレンジライフルでトーチカ2Bに射撃を集めていた。戦車を潰して、トーチカ2Bの下まで走り込めば2Bも2Cも無効化できる可能性が高くなり、キンモクセイ隊にとっても、わたしたちにとっても有意だ。そう考えたときにはペダルを思いっきり踏み込みんで、水しぶきと砂を蹴り上げながら走り出していた。

『全騎!上陸…よ!!戦……潰せ!!』

ティーチャーも同じ事を考えていたに違いない、戦車への突撃を命じる。激しくなる砲撃が海水に浸かった砂を跳ね上げ、頭の上から降ってくる。トーチカからの重機関銃による掃射を避けるために、不規則に横移動もしながら戦車に向かった。戦車からの砲撃が月華の装甲をかすりガンッ!と揺さぶり、キュイーゥゥゥウウウウー……………ンッ!と耳鳴りと吐き気、涙が出てくる。続けてトーチカの重機関砲から容赦なく装甲を叩き、いくつかの穴を空けて、戦車の対機械化騎兵機関砲の弾頭に殴られた。

「っい!ふっ!!っあ!!!」

波打ち際に置かれた対戦車用コンクリートブロックに隠れ、ロングレンジライフルを用意。重機関銃に削られていくコンクリートブロックは時間の問題だ。重機関銃が足止め目的なら戦車と連携していて、戦車とトーチカの砲で弾を撃ち込みたいはず。ペダルを床まで踏み込みコンクリートブロックから飛び出して、空中を跳び、ひるがえって戦車に一発。

ガンッ!

ドスッ!と着地してコッキングレバーを引き、飛ぶ空薬莢。第一射は戦車の数メートル手前砂浜に着弾、機動しながらの射撃は当たるわけがないから着弾地点としては上出来だ。仁王立ちのまま二発射目。

ガンッ!
ジャキッ!

二射目が戦車の装甲を弾いた。砂浜に倒れこんで、弾をチャンバー内に送り込んだとき、トーチカからの重機関銃の掃射が砂を巻き上げ視界を奪ったが、戦車の輪郭を脳で覚えているから躊躇うことなくトリガーを引いた。

ガンッ!

立ち上がり前進して、砂煙から飛び出すと戦車から黒い煙が上がっていた。

『ナコっ!…いつはッ……私……キュ!かせて!もう一輌……ッかえ!!』

もう一輌の戦車は!?そいつを叩いて、崖近くまで走り込めばトーチカから大きい砲は撃てないはず。

ヒュッ!!
ドッ!ンッ!!!!

近くに落ちた弾頭でめくれ上がった浜と一緒に月華が飛ばされ、砂に叩きつけられた。


「痛…ッ!!」

ドンッ!ザ!
ザザザザザザァァアアア!!

軽い脳震盪、月華の騎体に容赦なく落ちてくる砂。覗くスコープに映る影、ズアアアア!と音を立てて砂がレティクルを揺らす、収まるのを待っていては遅い。敵は充分にこちらを撃つ余裕があるから時間を与えないよう、トリガーにかけた指が少し引いたとき、不思議と一三八×五八〇ミリメートルの弾頭が、空中を回転しながら裂く音を立てながら、戦車に吸い込まれていくのを見た。

ガンッ!!!

ロングレンジライフルと月華の接触面から伝わる殴るような衝撃が走り、マズルフラッシュがモニタに映り、一瞬白くする。弾は二輌目の戦車に命中し、内部にあった砲弾に当たったのか、砲塔上部のハッチを飛ばして炎が上がり黒煙を吹いた。途端、トーチカの重機関銃から射撃が激しくなり、敵方が掘ったであろう、上陸対策、脚止め用の大きな溝に騎体を縮め隠れる。

『ザッ!ハイイロギツネ!リロード!』

弾丸の嵐の中でティーチャーの燦華も同じ溝に身を隠し、新しいマガジンを取り出していた。

「ナコです!距離二二〇先の戦車まで走ります!」
『ナコ待て!キンモクセイが上がってくるのが見える!』

ロングレンジライフルからマシンガンに持ち替える。こんな時にガトリング砲を装備していないのがつらい。今回はガトリング砲とランスは装備しない。降下、着水時に破損する可能性が高いからだ。代用装備として、装填弾数の少ないマシンガンと使い勝手の悪いソードが、装備として携帯させられた。溝から最小限乗り出し、トーチカの銃機関砲に向けてマシンガンを撃つ。

パパン!パパパン!

連射はしない、映画で連射するのは見栄えがいいから、もしくは初心者だからだ。火薬量の多く大発熱量である機械化騎兵の銃器を使用するなら、余計に熱管理に夢中になるべき。
 トーチカの前に積まれた土嚢が少しずつ散り、リトのロングレンジライフルが薄くなった土嚢を貫きトーチカ前面のコンクリートが大きく削られた。トーチカ内で負傷者が出たのか、重機関銃の弾幕が薄くなったのと同時、キンモクセイ隊が塹壕に飛び込んできた。これでこちらの『線』が上がった。

…『ザッ!キンモクセイ三番騎のミリエです!お待たせました!トーチカ2Bに一三八ミリを集中させますっ!!』
『こちらハナミズキ隊のハイイロギツネだ!援護感謝する!ザッ…!聴いての通りだ!ハナミズキは全騎援護!対象は前方一二時トーチカ2B!ファブとイズは前方戦車二両に射撃!』

ガンッ!
ジャキッ!
ガンッ!
「こちらナコ!リロード!」
シャコッ!
…『ファブ!リロードするよっ!』
ガジャコッ!
ガンッ!
ジャキッ!
ガンッ!

トーチカ砲台部が花火みたいに散り、飛ぶ小さな爆発とコンクリート。消火による白煙を確認し、内部に損害が出たことを知りティーチャーが叫ぶ。

『ハナミズキ全騎!戦車に射撃しながらトーチカ2B下まで走れ!畳むぞ!!』

連日の雨で濡れた重い砂を蹴るたびに月華が軋み、鳴り、上下に揺れ、座席からお尻を激しく突き上げる。モニタの向こうに映る戦車は下がるのか、そこに残りわたしたちを止めるのか迷っている感じがした。指揮系統が乱れ始めている。戦車に向かって走る、目の前に突然現れる砂の壁。

ああ、これはまずい。
戦車からの砲撃だ。

相手は対戦車、対機械化騎兵用にそれなりの弾頭を使用している。炸裂した弾頭の破片が襲う。

カンッ!キュッン!カカッ!
ガッカカカカカッ!
キュン

ガンッ!カカンッ!
バンッ!

騎体に大小いくつもの穴が空いた。どこだ、どこに当たった。走りながら計器、警告灯確認。異常なし。最悪、動けなくなれどもトーチカ2B下まで走れれば、わたしが砲台になれる。

ザンッ!ザザザザザァアアアアアッ!

砲弾の破片に襲われたあとは砂の雨に襲われ、砂と水の雨を抜けながらも立ち止まりトリガーを引く。

ガンッ!
ジャキ!

弾が大きく外れ、戦車の左側十五メートルに着弾した。再び蹴る砂、ライフルを投げ捨て、ソードを取り出し、深く掘られた脚止め用の溝を跳んだ。

ドンッ!

空中から見る溝の中で、身を寄せ合っている同胞の表情は死んでいた。ここまで走ったのに、もう体力も、気力も、補給も、希望も、何もない。全て無謀な命令と銃弾の雨が流し落とした。

もう大丈夫。わたしたちは戦場を駆ける乙女の騎士だ。
あなたたちを救いに来た守護者なんだよ。
わたしたちは、見捨てない。

ドッ!ンッギッ!

着地。
ギッ!ギッキッギッキッ!
月華が軋み、走る。
ガンガンガン!キュン!
戦車の機関砲が月華の装甲を叩く。

「ああああああっ!!!」

ソードを砲塔と車体の隙間に突き刺すと悲鳴のような音が響き、金属が擦れ激しく火花が散る。砲塔をめくり剥がすように深く突き、立てていく。

バキッ!

砲塔が飛んだ。戦車から飛び出し逃げる敵兵をサブマシンガンで追う。

散らかすな。

いつかティーチャーが言った言葉。戦場で散らからない訳がないじゃないか。

酸素吸入器を外して月華のハッチを開くと、激しい海風が身体を襲った。風が鳴く、鼻から脳の奥に突き抜ける海風。浜は生きている上陸兵、死んでいる上陸兵で溢れかえり、何度嗅いでも好きになれない臭いが潮の匂いと混ざり漂っていた。頭の上、断崖の上からは散発的に銃撃音が聴こえ、それが『投降を呼びかけたが応じず撃ったのか』『ただ撃ったのか』は、わたしにはわからない。

再び激しくなってきた雨が身体を打ち搭乗着を濡らしていく。

バンッ!

断崖の上から手榴弾の破裂する音と悲鳴。
何かを乞う声も聴こえたんだけど、

………違うのかな。

「わたしは雨が嫌い」

…………………………

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