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| 第四話 |

■次項■


少女騎士団 第三話

D as armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Drei



人の恨みほど怖いものはない。私自身がそれであるからだ。どれほど怖いものか試してみたいという気持ちも分かるが、そう値は安くない。少なく見積もって弾が一発と命がひとつだ。命どころか天国とやらに魂を連れて行くことを許すとでも思うか?私の憎悪が、のうのうと天に召され、聖者となった暮らしを謳歌するなんて許すはずがないだろう?いくら足掻いても値踏みは出来ないんだよ。

「質問はないな」

あるわけがないだろう。
あるなら自分の胸に聴け。

………………

陽が沈み始めると夜鳥の声が響き、寂しさという色がつく。明るさを失っていく空の下で、わたしたちは【月華】と【燦華】に積載したギリースーツのようなカバーを騎体に被せた。近くで見ると滑稽だが距離が離れれば離れるほど迷彩効果は大きいはずだ。
「全員出来たな」
ティーチャーが腰をおろし煙草に火を点ける。満天の星々の下に照らされる月華に一三八×五八〇ミリメートル弾という巨大な砲弾を使用する大型のロングレンジライフルを装備させた。
コクピット内の全ての照明を切りカウルハッチを開くと、わたしのくしゃくしゃの髪や細い身体に、しん、と冷えた空気がしがみつく。みんなの準備が終わり月華から降りるころ、ティーチャーが手際良く夕食を用意していてくれた。それは栄養重視のレトルトシチューの美味しいとは言えない、夕食。

ああ、戦場に来た。わたしたちの毎日だ。
そう思い、安心する。

夕食を終え、こんな山の中なのにティーチャーがお湯を沸かし淹れた紅茶に少し笑ってしまった。その温かさを飲みながら本作戦の内容を聴く。

「ここから南西側斜面にある屋敷及び人物を砲撃。目標は……」

広げられた地図と屋敷の見取り図。ティーチャーの胸ポケットから出てきた四枚の写真には敵側公国の軍服を着た人間と同胞の陸軍軍将校…………少将の襟章を付けた人間が写っていた。

「明日、両名が密会するという情報入った。だが時間までは把握していない」
いつもの淡々とした声。
「彼らが会う所を狙撃……いや砲撃か?まあ、砲弾を降らせる」

「以上、質問はないな」

質問はない、わたしたちはティーチャーに言われたことを実行するだけ。



それが、わたしのしあわせ。

…………………………

ブリーフィングを終えて、彼女たちには月華内で休むよう指示をした。私も燦華に乗り込み通信機の周波数を合わせて待機している別働隊に連絡を取る。

「こちらハイイロギツネ」
…『……ザッ!こちらアカイロギツネだ。聴こえる』

【陸軍省情報局】の情報では、まだ【内閣府独立情報収集分析局】に表立った大きな動きは確認されていないらしいが、我々の動きを独立情報収集分析局が察知していないわけがない。慎重に動いているのか、それとも表立って動く必要がないという判断なのか。

『ハイイロギツネへ。今回の件…………彼女たちに抵抗は?』
「私の部下だ、ある訳が無い」

戦争を扱った映画や舞台、小説などで道徳や倫理観、人間愛を美徳とする作品が虫唾が走るくらいに多い。『戦場』は『人間が人間を殺めるだけに用意された場所』だというのに、そんな事を考えていられるわけがない。それらが感じられるのは戦場から帰り、数ヶ月経って『正気』に戻った時だ。ある日突然、恐怖と自責の念に襲われる。もちろん……彼女らは敵対する人間を撃つことを躊躇うような自殺志願者とは違い、どのような場面でも『私の少女たち』は撃つのを躊躇わない。それが同胞であっても、命令に従順でなければ、私の下に置く価値も存在も意味がないことを彼女たちは知っている。

…『悲劇ですね』
「反圧力側に転身したのか?私たち軍人は歴史上、いつも命令と上官、旗が絶対、そして正義なんだよ」
『もし……大尉が対象になっても、ですか?』
「ああ。そうだ」
何故か、エドの顔が浮かぶ。
「では通信終わる。オーバー」
『おやすみなさい、また明朝。では、祖国のために。アウト』

通信が切れノイズがスピーカーから流れると、今度はベッドに寝転んだエドの誘う笑顔が浮かんだ。今夜は燦華の作動音と機器熱で満たされた中での就寝。ただ私は快適なベッドが恋しいだけなんだろう。私から彼女に惚れるなんていう事はあってはならない、自尊心が許さない、あり得ない事だと声をあげて笑ってしまった。私の心だけは何人たりとも侵入する事など許されぬのだ。モニタから発せられるノイズだらけのノクトビジョンの光、それに照らされる写真を指で撫でる。お前の家族は妻と結婚を控えた娘がひとり。

「良くも悪くも悲しむ人間が少ないのが救いだな」

十五年程前、南方戦線における公国との停戦条件となる『南方二州五県放棄措置』までの道程を作り上げていた幹部のひとり。公国が侵攻してきた際に露呈した国境線地域の軍備遅延、防衛にすら届かなかった軍事展開の遅さによる被害の責任。さらに公国軍が北上し、想定がなされていたはずの首都付近までの侵攻に足掻いて絞り出した結果が『地を渡す』という耐え難い屈辱で政治決着させた悪人。現在は、当時と違う思想、穏健派に所属し、平和的な解決による南方二州の返還を求めて活動しているらしいが……。

「孫の姿は見る事はできないが、愛娘の婚約が決まってよかったじゃないか」
パンッ!と写真を指で弾く。
「今晩はゆっくり朝まで快適なベッドで休めばいい。明日から感じることのできない幸せに沈んでいるんだな」

人の恨みほど怖いものはない。私自身が、それだからだ。

…………………………

〇四〇〇時。
陽が上がる前に彼女たちと、昨夜食べたものを朝食として摂った。改めて屋敷の見取り図と目標の顔を覚えさせ、指示を出す。

「第一射撃手はイリアルだ」

それを聴いたイリアルの顔が蒼白になるが、かける声があるとするなら、私がやれと言えば、絶対にやれ、という事。そうしないという選択はないのだ。もしあるとするなら、ここに自身が身を置く価値などないことくらい彼女は知っている。

「第二射撃手はナコ!リトはイリアルの、ファブはナコの観測補佐だ!」

いつものように「質問は……」と発する。イリアルを盗み見る、左腕を握って『覚悟』したようだった。
「無いな!以上、解散!」

煙草の煙を深く肺に染み渡らせた後、空に白色を置いた。吸いながらアシがつくものを残してないか念入りに見て回る。
「私とした事が……」
湿った吸殻を拾う。もし、事後の捜査が行われた時に自国の銘柄が見つかるなんて事があったら、洒落にもならんだろう。



「……いいや、それも面白いかもしれんな」

そんなことで国が大騒ぎになれば笑える、最高に笑える。だが、楽しみは最後まで取っておく主義だから煙草を拾いあげた。

「イリアル」
「はい、ティーチャー」
「出来るな?」
「できます!」

私の眼を見て返した、歯切れのいい返事に思わず口元が緩む。頭に手を置き「いい子だ」と言ってカウルハッチを閉めてやった。イリアルの射撃に関する問題は技術の良し悪しじゃない。重ねてきた訓練で得た技術や経験を自信に変えられないだけだ。私が評価している、『確実に撃てる少女』だと。今作戦の彼女にとって重圧のかかる役割が、どう転ぶか興味もある。もし、良い方へ転じなければ彼女に価値はないし、価値がないものは手放すだけ。無価値なものを置いていても無意味、邪魔になるだけだ。彼女は、それが分からない馬鹿でもあるまい。

…………………………

マスターキーをオンの位置まで捻る。計器を確認し、各スイッチを触り通電させていく。

『出来るな?』

できます!

『いい子だ』

あたしはコクピットに深く座っていたからティーチャーの顔がよく見えなかった。なのに、今、ティーチャーが満面の笑みで『いい子だ』と言った顔が浮かぶ。

「なんだ……これはっ!」

溢れそうになる何かを吐きだすように強く言い、眼を閉じてイグニッションを捻る。発電用のディーゼルエンジンに火が入り、動力用コンプレッサも動作して騎体に低く鈍い振動数が伝わった。人工筋肉の温度や反応が活発になって計器を動かしていく。よく分からないがイライラする、何に苛つくのか分からないからイライラする。身体の内側からむずがゆいような言葉にならない感情にイライラする。全身に、ぐっ、と力を入れ、ゆっくりと力を抜き………………肺の奥、その奥まで空気を吸い身体を膨らませて、ゆっくり丁寧に吐き切った。

「よしっ!」

精密射撃用スコープを引き出して覗く、カメラ、モニタに異常はない。

「こちら三番騎イリアル。リト?準備が終わった」
…『こちら二番騎リト。私も終わったところ』
「今日は、どんな日になるかな?」
…『さあ?…………でも、そうね。いい日になるといい』

『こちらハイイロギツネ。全騎へ。予定時刻だ。作戦開始、作戦開始』

ティーチャーの言葉に時計の作戦経過時間を測るボタンを押す。

空が明るくなり太陽が大気を温めて霧が濃くなりはじめる。一時間ほど視界を期待することはできないだろう。それなのに…………律儀に情報を伝え続けるリト。
…『視界最大二八〇、風北北西三.七……』
目標が見えない以上、実に無価値な情報だということが分からないのだろうか。この黒髪ロングの元【エリートアイドル】は、その無価値な情報を垂れ流し続けた。

…『イリアル!〇一二五時方向、距離一八〇メートル!』
「んあっ!?」

右の操縦桿で月華を動かし、親指で触っているアナログパッドで大型ロングレンジライフルの銃身、射線を動かし、眼をぶつけるようにスコープを覗いた。左手は手早くピントを合わせれるようにフォーカスリングに触れ準備をする。スコープの中に大きく映る、木に止まる鳥。

ちっ!あたしを試したのか!?

心の中で叫んだ。

…『なんていう鳥だろう?』

それとも、いつもの不思議さんが発動したのか?

「アオサギだよ。水辺もあるみたいだから住むのにもいい環境だと思う」
…『詳しいね』
「……娯楽室にある本に載っていただけ!褒められたもんじゃない」
…『でもイリアルしか知らない。私は知らなかった』

ああ、やっぱり嫌いだ!この黒髪ロングはっ!こういう回しても回しても開かないドアノブのような……くそ、イライラする。

『リト!全部聴こえてるぞ!視界がないとはいえ、遊ぶんじゃない!』
ティーチャーの一喝に「ざまーねえな」と、あたしの性格の悪さが顔を出した。

『それとイリアル!』
身体がビクッと反応し、次にくるであろう言葉に身構える。

『いい反応だったぞ。連携も悪くない』
ティーチャーが………………、あたしを褒めた。

『出来るな?』
できます!
『いい子だ』



あたしの言葉にティーチャーが嬉しそうに頭を撫でてくれた。



「いい子だ」


その声で、あたしの頭をティーチャーが嬉しそうに撫でてくれたんだと思うと、脚の付け根がムズムズする感覚に襲われ、身体を固定した狭いコクピットに許される範囲で身体中に力を入れて脚をバタつかせた。

…『イリアル、ティーチャーの言う通りだ。私たちはいいんだよ』
やっぱりリトはコミュニケーションと反応速度、正確性を把握したかったのか。

…『アオサギってクチバシが黄色で可愛いね』

そう小声で呟くリトにイラッとする。
ああ……もう本当に、この黒髪ロング大嫌いだ。

………………

今日も銀色の流線形に赤を寄り添うよう停めた。これじゃあ、まるで私がベッドから誘っているみたいだと思うと笑えてきた。私が惚れるなんて自尊心が許さない。今は若い頃と違い、好意を利用されているのを知っていてまで相手に近づこうなんて思わない。私と恋や愛を囁けるのは礼儀や尊敬の念を持ち、膝をついた者だけなのだ。

「おはようございます、中尉」
「ええ、おはようございます」

建物に入る前のいくつかの挨拶と「中尉……!あのー、今晩……」という歯切れの悪い誘いを「残念ですが、ご一緒できません」と断る。まず声をかける時には『今、その話題をしていいかどうか』という確認をするのが礼儀でしょう。ろくに挨拶もせず、用件を伝え始めるような行いは、自分の欲望だけを満たすようで失礼だと思うの。
「おはようございます」
「おはようございます、ホムラ中尉」
いつものように警備課で出勤した旨を記録する紙を機械に通す。

「ああ、そうだ!中尉、少しお時間よろしいですか?」
「ええ、いいですよ」

これが礼儀、大人の話し方。それらを妻子がいるであろう、年長の警備官はわきまえていた。

「アサカ大尉宛なのですが、荷物が届いてまして……」

その薄い段ボール箱は大きさに対して不可解に重く表面が湿っていた。ここに来るまで仕分けや検査室でも安全だと、お墨付きを得た段ボール箱の長い旅路を労いながら机に置いて、来るべき数十秒後の最悪な未来を想像する。
「いやいや。ホムラ中尉!いくらなんでも疑いすぎじゃないですか?検査通っているんでしょう?」
「ルカ、検査室を通ったところを見たの?」
彼は不思議そうな顔で眉をひそめて、私の眼を見る。この建物に入る全ての荷物や郵便物が検査を受ける。怪しい物が入っていれば、その大半が見つけられ処理された後に『処理証明』の紙切れになって届け先に来る。だけど、検査室自体を通っていない荷物があったらどうだろうか。もし、職員の『諸事情』で、安全な荷物であるというスタンプを押していたらどうだろうか。あるいは検査室すら通らず、紳士に見えた警備課の男が紛れ込ませた『安全では無い物』だったらどうだろうか。これらの心配事が完全に拭えない組織の中で『安全』を担保するのは誰だろう。答えは自分しかいないという事だ。

『こんなに面倒くさい世の中だ。これくらい覚えておけ』

あの声を思い出しながら、ゆっくりと深くペーパーナイフを刺すと、部下三人が壁際に身を引いた。さすが事務という戦場を渡り歩いた尉官の三人だ、その素晴らしい対応に笑ってしまう。

「そんなに離れなくても、この部屋にいれば無意味なのだから最前列で見るとか?あるいは怪我をしたくないなら出ていきなさい」

この重さ、懐かしい。爆薬と一緒に釘や鉄片などが入っている可能性もある。なんせ、あの大尉殿宛だ。女性だけではなく爆薬や鉛、鋭利な物に好かれそうだもの。殺傷能力を上げるために埋め込まれた物の数は恨みの重さに比例する……と、苦い思い出や思考を巡らせていて気づいた。手荒にザッ!と引き切ると「ひっ!」とカミーユが情けない声を上げる。

「三人とも残念でした」

先日受けた『ツクフタイゲ・リィブン』の取材を載せた見本を送ったと連絡があったのだ。段ボール箱の中から見本を掲げて、肩を寄せ合い壁に張り付いたままの三人に意地悪に微笑む。私に兄弟はいないが、彼女、彼らが妹や弟のように思う時がある。
「っはー……焦った。久々に冷や汗かいた!」
「シュタイン少尉!ビビりすぎですよ!」
「うるせ。お前が握った腕に跡残ってんだけど!」
今日は大尉がいないから、いつもの三人なのだろう、微笑ましい。『ツクフタイゲ・リィブン』の表紙に印刷された少女たちの特集がある事を知らせる文字を撫でる。私の慎重になりすぎる癖は、初めて就いた職場の上司が『癖にしておけ』と言ったから身に付けた。

『陸軍省情報局の前は、どこにいた?』

陸軍章情報局の前にいた職場は内閣府情報収集分析局で、その両方から大尉は眼を付けられている。本当に大尉は策士、あのタイミングで切り出すのはずるい。私が大尉に何を思い、何を伝えようとしているか、全て分かっていての事なんでしょう。きっと、貴方は女を口説くのが上手に違いない。思い込みも、好意も、欲望も、全部利用される。

「三人とも。就業時間は五分前に過ぎています。尊敬される軍人として振る舞い、国民の税金からなる給料分以上の働きを」

コーヒーを淹れて椅子に深く座る。横目で貴方がいない椅子を見た。今日の仕事を始めよう。

…………………………

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